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静岡地方裁判所 昭和42年(ワ)589号 判決 1970年1月27日

原告

松本正一

ほか一名

被告

鴨川正博

ほか一名

主文

原告らの各請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

原告両名訴訟代理人は、「被告両名は、連帯して原告両名に対し各金二、一〇九、七三二円およびこれに対する昭和四二年四月三〇日から右支払い済みにいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。訴訟費用は被告両名の負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言を求め、請求の原因としてつぎのように述べた。

「一、被告鴨川正博は、被告川口精機株式会社(合併前の旧商号御前崎産業株式会社、以下被告会社という)の被用者として運転業務に従事していたものであるが、昭和四二年四月二八日静岡県小笠郡大須賀町大渕一一八番地附近路上において、被告会社保有にかかる普通貨物自動車(静岡一や三八〇〇)を運転して東進中、前方注視義務違反および速度制限違反の過失により、反対方向を進行中の亡松本正信運転の普通貨物自動車に激突させ、よつて右正信はその事故により同月三〇日死亡するにいたつた。

二、右松本正信は、昭和二一年九月九日生れの当時二一才の健康な男子で、自動車運転手として働き月収四五、〇〇〇円および年間三ケ月分の賞与を得ていたもので、本件事故なかりせば向後四二年間は就労可能でその間の得べかりし利益を算出するのに、昭和四一年度単身世帯一ケ月平均支出総額に基き算出した一人当りの生活費金二四、二七九円を前記月収額より差引き便宜月当り純収益を金二〇、〇〇〇円とし、前記賞与分を加えて四二年間の総額を計算し、それよりホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の一時払額に換算し、なお同人の平均余命年数四七年から死亡までの五年間の生活費総額金九〇〇、〇〇〇円を控除すると金四、三八〇、〇〇〇円となる。

原告両名は、右正信の両親であり、同人の死亡により右損害賠償請求権につき各二分の一に当る金二、一九〇、〇〇〇円づつを相続により承継取得した。

三、また原告両名は、右正信の両親として突然の不慮の事故により同人に先立たれ、その蒙つた精神的打撃は甚大でその慰藉料は、各金八〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

四、被告鴨川は民法第七〇九条により、また被告会社は被告鴨川の使用者として同法第七一五条により、かつ、自動車の保有者として自動車損害賠償保障法(以下自賠法と略称する)第三条により責任を負うものである。

予備的に、被告会社は、被告鴨川運転の自動車の所有者である訴外増田繁に対し被告会社商号の使用を許諾したから商法第二三条による名板貸の責任があることを主張する。

五、原告両名は、本件事故により各金二、九九〇、〇〇〇円づつの損害賠償請求権を有するところ、自賠法による責任保険金一、五六〇、五三六円の支払を受けたので、被告両名に対しこれを控除した各金二、一〇九、七三二円およびこれに対する本件不法行為の日である昭和四二年四月三〇日から右支払い済みにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。」被告ら訴訟代理人は、主文各項同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張の請求の原因第一項の事実中、被告鴨川が被告会社の被用者であること、被告鴨川運転の自動車が被告会社の保有にかかることおよび被告鴨川に本件事故発生につき原告主張の如き過失のあることはいずれも否認し、その余の事実は認める。右自動車は訴外増田憲の所有であり、被告鴨川は同訴外人の被用者である。同第二項のうち、損害額の点を争い、その余の事実は認める。同第三項のうち、慰藉料の点を争い、その他の事実は認める。同第四項は総て争う。同第五項のうち、原告両名が自賠法による責任保険金一、五六〇、五三六円を受領したことは認める。」と述べ、被告会社の抗弁として「本件衝突事故の発生は、亡松本正信が衝突直前九・四メートルの手前で先行車を追越すべく、対向車である被告鴨川運転の自動車に対する目測を誤まり時速約六〇キロメートルの速度で道路中央線を越えて暴走するの過失を犯したことに基因するのであつて、被告鴨川は、その直前九・四メートルの至近距離において右松本運転の自動車が道路中央線を越えて自分の進路内に入つてくるのを発見し、咄嗟に急ブレーキをかけ、ハンドルを左に切つて避譲せんとしたが間に合わずにこれと衝突したもので、同被告には何ら過失がないものである。また、同被告運転の自動車には構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたものである。仮りに、被告鴨川の無過失の主張が認められないとしても、本件事故は右の如く亡松本正信の一方的過失に基因するものであるから、過失相殺を主張する。」と述べた。

〔証拠関係略〕

理由

一、被告鴨川正博が昭和四二年四月二八日静岡県小笠郡大須賀町大渕一一八番地付近路上において、普通貨物自動車(静岡一や三八〇〇、以下被告車という)を運転して東進中、反対方向から進行してきた亡松本正信運転の普通貨物自動車と激突し、よつて右正信が右事故により同月三〇日死亡するにいたつたことは、当事者間に争いのないところである。

二、原告は、右衝突事故は被告鴨川の過失に基因する旨主張するのに対し、被告らは、これを争い、右衝突事故は亡松本正信の一方的過失に基因するもので、被告鴨川には何らの過失もない旨主張するので、この点について判断する。

〔証拠略〕を総合すると、右事故現場付近の道路は、幅員八メートルのアスフアルトで舗装された、中央に鋲とペンキによるセンターラインの標示がなされており、直線で見通しよく、速度制限のない箇所であること、被告鴨川は、当時被告車を時速五〇キロメートル位の速度で運転して道路左側部分のセンターライン寄り一メートル位のところを進行して事故現場付近にさしかかつたものであるが、かなり手前から対向してくる軽四輪自動車のあることに気付いていたところ、これとすれ違う直前頃その後方から追尾してくる原告車を発見したと思う間もなく、右原告車が被告車との間隔九・四メートル位の箇所で突然、時速五〇ないし六〇キロメートル位の速度で先行の右軽四輪車を追越すようにしてセンターラインを超えて被告車の進路内に進入してきたこと、そこで同被告は咄嗟にハンドルを左に切つて避譲しようとしたが、間に合わず四・五メートル位進んだ道路左側部分のほぼ中間あたりで原告車の右前部に自車の右側面を衝突させたものであることを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、被告鴨川としてはその対向車がこれとすれ違う直前にセンターラインを超えて自車の進路内に進入してくることは、通常予期し難いところであつて、右事故の発生は亡松本正信が先行車を追越す際に対向車の有無に注意を払い、接近している対向車があればその通過を待つて追越しをなし、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然追越しの挙に出でた過失に基因するものというべく、被告鴨川には、原告主張の如き前方不注視または制限速度違反の過失の存在することを認めることは困難である。

三、また〔証拠略〕によれば、被告車は事故前昭和四二年二月二一日に自動車整備工場で車輛分解整備を受け、ブレーキ系統や運転系統も毎日のように運転者が点検し、事故当時構造上の欠陥または機能上の障害がなかつたことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、そうすると、原告の被告鴨川に対する請求および被告会社に対する民法第七一五条に依拠する請求は、被告鴨川に原告主張の如き過失が認められないから、理由がないものというほかはなく、また被告会社に対する自賠法第三条に依拠する請求については、被告会社の同法条但書の免責の抗弁が理由があるものというべく、結局原告らの被告らに対する各請求はいずれも失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋久雄)

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